風見鶏

 秋風や俄にぞっとしたりけり

       一茶『七番日記』

 信じられないほどの猛暑の日が続きましたが、お彼岸を過ぎる頃から、俄に風の感じ方が変わって来たように思います。

 古くから日本人は、四季の移ろいが生み出す風の微妙な違いを感じ取って、その風に名前を付けて来ました。台風に関連する言葉から動植物、行事、漁業、農業に関するものまで。風の方向、場所、強さ、時間帯、地域特有の風など、日本語の風の名前は、約2000種類以上あるといわれています。秋に吹く風についても、初嵐、野分、色なき風、、金風、雁渡し、爽籟、青北風などと、多彩な表現をしています。

 その風の動きや方向を目に見えるように知らせてくれるのが「風向計」です。昔は「風見鶏」とも呼ばれていました。「風見鶏」の起源は、はっきりとしていないようですが、雄鳥が悪魔を追い払うためとも言われ、主にヨーロッパの教会や住宅の屋根に取り付けられています。装飾部分は、鶏以外の動物をかたどったものもあります。日本でも、それとよく似たものに、鯉幟の上部についている「吹き流し」があります。これも魔除けの意味があるそうです。

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 シェイクスピアの2つ作品でカワセミが登場します。

 その一つが悲劇『リア王』です。2幕2場で王の忠臣ケント伯が、悪党の執事オズワルドについて、こう話します。

「主人の心に兆す欲望なら、何であろうと逆らわず・・否も応も主人の風向き次第、軒端に吊した日乾しの翡翠同様、ぐるぐる嘴の向きを変える・・」福田恆存訳・岩波文庫より

 このような残酷に見えるような形で、カワセミの嘴が使われていたのでしょうか。しかし西洋の民間伝承によると「カワセミの死骸を吊るしておくと、風の吹く方向に嘴が向く」と考えられていたようで、日本ではカワセミは「川の鳥」と思っていますが「海の鳥」として捉えていたのでしょう。

 シェイクスピアの翻訳者でもある明治の文豪・坪内逍遥が晩年過ごした熱海市にある旧居(双柿舎)の「逍遥書屋」の塔上には、カワセミの風見が掲げられています。機会があれば訪ねてみたいと思います。

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 このシェークスピアの台詞を引用して、カワセミを奇怪な動物として記載されている本があります。その本は『奇怪動物百科』ジョン・アシュトン・高橋宣勝訳・早川書房です。この本は1890年(明治23年)に出版、図鑑もなく生態が詳しく研究されていない時代では奇怪な鳥だったのでしょう。

 こんな姿を見れば奇怪に見えたのでしょう。

 嘴の2倍もある魚を飲み込んでしまう。

 カワセミの嘴は、太く長くて魚を獲るには優れています。

 成鳥の嘴の長さは、4cm前後で、雌は下の嘴が赤いのが特徴です。

 光りの状態によっては、赤い口紅のように美しく見えます。

 雄は嘴の上下とも黒い色をしています。

 若鳥と成鳥では、嘴の長さが異なります。

 これは真上から見た嘴の形状です。

 真正面から見ると・・あの長い嘴はどこに・・白髭の好々爺に見えてきます。

 この嘴の形は、水や空気の抵抗を減らすために四角錐の形をしています。この形が新幹線の500形「のぞみ」の先頭車両の形状に活かされました。

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 横浜市内に古い風見鶏があるというので、先日、横浜市中区柏葉にある「市認定歴史的建造物」となっている「岩田健夫邸」を訪ねました。訪ねた時は工事中でした。

 木造一階の洋館で、大正元年(1912年)に建てられました。

 八家形のサンルームの屋根に風見鶏が付けられています。

 以前は人が住んで居られたようですが、今度、旧横浜税関山手宿舎跡地に移築されるようです。

 岩田邸周辺は起伏があり、少し急な坂道を登ると見晴らしの良い鷺山さくら公園があります。昔は鷺が棲息していたのでしょう。石川町駅へ向かう帰り道で、元町商店街の鳥のアーチを見つけました。きっと鷺ではないかと思いましたが「フェニックス」でした。

 「伝統を受け継ぎながら、常に新しく生きる」というイメージで、1985年に建てられ10.5mあるそうです。夜にはライトアップされるそうです。

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 私の住む住宅周辺も洋風の住宅が増えていますが、屋根には避雷針とテレビのアンテナとパラボラばかりです。黒須田川の遊歩道から、時々こんな景色に出会うと「風見鶏?」と見間違うことがあります。

 この景色は、風もない穏やかな日にしか見られません。

 秋風や鶏なく家のてっぺんに

         一茶『七番日記』

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