婚姻色

 関東地方は、観測史上最も早い梅雨明けとなり、猛暑日が続いています。

 散歩もいつもより時間を早め、日陰を求めて歩くようになりました。

 手に足におきどこなき暑哉

         一茶『文政句帖』

 遊歩道の美しい紫陽花も、日焼けをして痛々しいです。でも向日葵は元気です。

 黒須田川の水温は、25℃を超えたのだろうか。いつもより水量も減り、川面から吹き上げる風には爽やかさが感じられません。

 嬉しいことに今年は、カルガモの3家族に子供が誕生しました。

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 6月は「ジューンブライト」といわれるハッピーな季節でもあります。女性は美しく着飾り祝福を浴びます。今は男性も着飾るのかな・・

 この時期に美しい色となる魚がいます。その魚は、黒須田川にもたくさん棲息している「オイカワ」です。

 「オイカワ」のオスは、5月頃から8月頃にかけての繁殖期になると、地味な銀白色から綺麗な水色とピンクの縦スジの「婚姻色」が出ます。「婚姻色」とは、動物で繁殖期に一時期に体の一部に現れる色のことです。また婚姻色と同時に顔に「追星(おいぼし)」と呼ばれる白いつぶつぶの突起が出ます。

 この「追星」は、縄張り争いの武器に使ったり、メスに産卵を促すために、お腹を刺激するのにも役立っています。

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 黒須田川の水面近くを、のんびりと寄り添うように泳ぐ魚・・よく見ると「オイカワ」です。

 魚は変温動物で1℃の水温の変化にも敏感です。オイカワは、水深10cmほどの所を泳ぎますが、水温の高い水面近くに、どうして上がって来たのだろうか。

 2匹ともに「追星」が見えますのでオスとオスでした。

 突然、一方が顔から体当たりを始めました。そして何度も何度も、追星を使って顔や体に激しくぶつかっていきます。

 メスを獲得するための縄張り争いのようです。

 互角の闘い。どちらも逃げる気配はありません。

 離れたと思うと川底へ。

 水中でも戦いが続きます。体側の婚姻色が美しく舞う様子は綺麗です。

 この時期にしか見られない水中の景色です。

 最後は輪となって回転して、また川底へ。

 背鰭が一段と色が増します。

  まだまだ水中での闘いは続いています。

 一枚の絵のように見えます。婚姻色は水中花のように。

 数分間の格闘でした。痛み分けのようです。

 水の透明度が良かったせいか、水中の闘いは舞のように美しく魅入ってしまいました。

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 早い夏の到来で地上は、灼熱の世界ですが、黒須田川の水温は、オイカワにとって適温で、涼しくハッピーな「ジューンブライト」の世界です。

 翌日、縄張り争いに勝ったオスが、メスを追いかけ廻っていました。

「俺は綺麗だろう。結婚しよう」と迫っているようです。

 水の流れの緩やかな石の隙間では、新しい夫婦が誕生していました。流れの緩い砂礫底は産卵の好適な場所で、ここで稚魚が育ちます。

 交尾中のオスの体の背鰭、腹鰭の水色が美しく輝き光を発しているように見えます。

 この繁殖期を過ぎるとオスは、また銀白色に戻ります。  

 「カワセミ」が「水辺の宝石」なら「オイカワ」は「水中の宝石」です。

 オイカワを水槽で飼育して鑑賞する方法もありますが、川の環境がよい場合は、自然の営みの中で鑑賞するのが最良です。自然の環境は、水質や水の流れ、天候や太陽光線の具合などによって婚姻色の見え方が違って来ます。また自然の中で泳いで花嫁を探すオイカワの動きも愉しむことができます。

 カワセミ、オイカワともに、水質汚染や川の改修などによる環境の変化にも強いですが、今の水質環境を守って行って欲しいと思います。

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 この美しい魚は、鳥にとっては最良の食べ物です。見ていると少し可哀そうに見えますが、生き物は、他の生き物たちの命を戴いて生きています。これは自然界の摂理なのです。

 この美しい魚を食べるサギの仲間にも「婚姻色」が出ます。

 「アオサギ」は、嘴の元と足が赤味を帯びて来て、冠羽の髪飾りが派手になります。

 「ダイサギ」は、嘴が黄色から黒くなり、目元はコバルトブルーに変わります。

 「コサギ」は、目先が薄い紅に染まり、足の指も紅色に変わります。

 「カワセミ」は、婚姻色は!?・・求愛給餌で表すとか。

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 アフリカに、こんな諺があるそうです。

 「魚と鳥は恋することが出来るが、

  一緒に家を建てることはできない」

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しら鳥

 先月、群馬県高崎市で、白いカラスが発見されたというニュースがありました。

 この鬱陶しい梅雨の時期に、真っ白い鳥は一つの清涼剤となってくれそうです。

 絵画のように見える新緑の中のコサギ

 黒須田川に飛来する真っ白い鳥は、コサギダイサギがほとんどです。多くの人は、コサギダイサギを見て、種名で呼ばないで「白鷺」と呼ぶのは、身近にいる鷺への愛称なのでしょうか。

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 白鳥はかなしからずや

 空の青海のあをにも

 染まずただよふ

        歌集『海の声

  若山喜志子選『若山牧水歌集』より

 牧水の良く知られた歌です。白鳥と書いて「しらとり」と読みます。最初に出版された歌集には「はくちょう」とルビがありました。その後「しらとり」に変わりました。この方が白い鳥全般を言うことになり解釈の余地が残るように思います。この「しら鳥」は、カモメの類だろうと考えられています。

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 先日、横須賀市長沢にある「若山牧水資料館」を訪ねました。資料館は「長岡半太郎記念館」の中にあります。この場所は長岡半太郎の別荘だったそうで、国道134号線の傍の見晴らしのよい高台にありました。

 館内(資料館)は、こじんまりとしていますが、長岡の資料と一緒に、牧水の貴重な資料が展示されていました。

 この書には「そら」と「海」の順番が、反対になっています。

 書の傍には、このような文が添えられていました。

 この順序の違いは諸説あるようです。この添えられた内容は、酒を愛する牧水の汪洋な生き方が伝わって来ました。

 「牧水夫婦歌碑」は、以前は資料館の敷地内にあったそうですが、道路建設のために少し離れた北下浦海岸遊歩道に移設されました。

 「牧水夫婦歌碑」は、昭和28年に建立されました。 

 歌碑の裏側には、妻喜志子の歌が彫られています。大正4年3月、妻の喜志子さんの病後療養のために、この北下浦に転居して来ていました。その時に詠んだ歌です。

 うちけぶり鋸山浮び来と

 今日のみちしほ

 ふくらみ寄する

         喜志子

 天気が良ければ、この歌碑から房総半島や鋸山が見えるのですが、訪れた時は、曇り空で霞んでいて眺めることはできませんでした。

 海上には「しら鳥」ではなく「トンビ」が、のんびりと旋回していました。

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 牧水は43歳の若さで亡くなりました。旅を愛し自然を愛し酒を愛した歌人です。山歩きが楽しみで、多くの場所を訪ね歩き「山旅の記」「紀行」を書き残しています。その山旅での楽しみは、鳥の囀りを聴くことにあったようです。谷川温泉を訪れ時に・・

 ちちいぴいぴいと

 われの真うへに来て啼ける

 落葉が枝の鳥よなほ啼け

       歌集『くろ土』

 この歌の後に、翡翠ではないかと思われる小鳥を詠んだ歌がありました。

 水色の羽根を

 ちいさくひろげたり見れば

 糞は落ちはなれたり

        歌集『くろ土』

 よく鳥を観察されていたようで、カワセミは餌もよく獲りますが、よく糞もします。黒須田川でも、カワセミがよく止まる木の付近には、白い糞が目立ち、カワセミの居場所を見つける手掛かりになっています。

 大正14年発表した歌集『山桜の歌』では、伊豆の畑尾温泉に旅行した時に詠んだ歌に、翡翠の名が出て来ています。

 澤につづく此処の小庭に

 うつくしき翡翠が来て

 柘榴にぞをる

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 歌集では「小鳥」という表現が多いのですが、歌集『くろ土』以降には、具体的な鳥の名前が多く登場しています。    

 牧水は 随筆「酒と小鳥」の中で「山だとか野だとか木だとか、そう云う背景の中におかれた小鳥が好きなので、その場合場合によって、わたしの鳥に対する好悪はかわってくる」と・・特にどの鳥が好きということはなかったようです。

 牧水の歌集の中に登場する小鳥たちは、ありふれた自然の景色の中で詠まれています。次のような歌は、黒須田川でカワセミを撮影している時、よく見る景色です。

 この小鳥高くとまらず冬さびし

 木々の根がたの枯枝に啼く

            歌集『黒松』

 私も鳥のいる景色は好きで、どんな背景の中にいるのだろうかと、気にしながら散歩をしています。

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 3月上旬に黒須田川の橋の袂で、舞い遊ぶコサギたちです。

 真白い大きな羽根、その美しく優雅な動き・・

 こんな水鳥のいる景色を、都会の中の川で出会えるのは楽しいです。

 楽しげの鳥のさまかも羽根に腹に

 白々と冬日あびてあそべる

          牧水歌集『黒松』より

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本箱(20)

 先日、私の誕生日に、孫が本をプレゼントしてくれました。

 その本は『世界のカワセミ大西敏一著・文一総合出版2015年6月刊です。

 世界に棲息している「カワセミ」93種類が紹介されています。ほとんどが暖かい地域に棲息しています。日本では7種ほどいます。

 今は、鳥たちの棲息場所に行かなくても、写真、図鑑や映像などで、世界中の美しい鳥を眺めることが出来ます。世界には、美しく綺麗でカラフルと言われる鳥は沢山います。その仲間にカワセミも入るのではないでしょうか。

 今から70年以上前、1950年(昭和25年)に発行された『めずらしい鳥獣』内田清之助著・同和春秋社という本があります。副題は~観察と実験~となっていますので、学校の補助教材本のようです。当時は、まだカラー(天然色)の本は少なかったのでしょう。表紙と中の表紙だけが色付きで、後はすべてモノクロ写真です。

 この本の中に「世界一美しい鳥」と題して2種の鳥が紹介されています。その鳥は「ハチドリ」と「フウチョウ」です。著者によると「フウチョウ」が一番美しい鳥だろうと言っています。この鳥を「金属のように光った、さまざまな美しい派手な色をしている」と表現しています。日本には生息していない鳥なので、当時、この鳥を、どんな色に想像したのでしようか。

『めずらしい鳥獣』55ページより引用(この鳥はコフウチョウです)

 「フウチョウ(風鳥)」は、生涯枝に止まることなく風にのって飛んでいるということから「風鳥」と呼ばれています。また「極楽鳥」とも言われるのは、英名のBird of paradise からきています。

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 絵本の世界に登場する鳥たちは、私たちが日頃よく見ている鳥が多く、特に色彩豊かな、派手な鳥は少ないようです。しかし美しい鳥が描かれている絵本があります。

 影絵作家で知られる藤城清治さんの絵本マボロシの鳥』です。

 この本は、太田光さんの小説『マボロシの鳥』とコラボレーションした絵本です。

 小説「マボロシの鳥」の中では、具体的な鳥の名前は出て来ません。「生れてから今まで目にしたものの中で、一番美しいもの」とだけ書かれています。

 美しい鳥とは、見る人よってさまざまなので表現するのが難しいと思います。藤城さんは、40枚の絵を約3ケ月かけて制作されたそうです。どこの国でも見たことのない美しい鳥が描かれ、とても綺麗で愛らしく神秘的な鳥です。

 この絵本は文章が多く、年長者向けですが、内容からして大人の絵本でもあると思います。

 原作となった『マボロシの鳥』は、9つの短編が載せられており、その中の一つが表題となっています。

 話は、美しいマボロシの鳥をめぐって、舞台芸人と勇者の世界が交互に展開していきます。最後は落ちぶれた舞台芸人が、路上の絵画売りの絵の中に、失くした「マボロシの鳥」を見つけます。そして「この世界はきっとどこかで繋がっている」と・・

 ほかの8編の話も、ファンタジーのようで・・寓話のようで・・言葉遊びのようですが、その中に現代社会へのメッセージが散りばめられいます。マボロシに似た何らかの存在が、時代も人間も歴史も社会も文明も、どこかで繋げているのだろうか。

 絵本出版会見の時、太田さんは「人と人、人と地球、人と時代、そういった繋がることで科学反応を起こしていく。これが一番伝えたかったことです」と話しています。

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 小さな可愛い世界から、美しい大宇宙に繋がっている一茶の世界。

  うつくしやあら美しや毒きのこ

           『七番日記』

  うつくしや障子の穴の天の川

         『七番日記』

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 黒須田川のカワセミの美しいパフォーマンです。愛の表現でしょうか。

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四つの家族

 「母の日」に、息子が贈った花に添えられていた小さな球根を、妻が植えて大きく育ちました。

 この四つ葉の植物は「オキザリス・アイアンクロス」と言います。また「ラッキークローバー」「四つ葉のクローバー」とも呼ばれています。

 「四つ葉のクローバー」は言い伝えによると「幸運をもたらす」とも言われ、人気の花だそうです。

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 私たちの身近にも、幸運をもたらしてくれる鳥たちが棲んでいます。その鳥の家族を観察してみました。

 最初は、家に巣を作ると繫栄をもたらしてくれるという「つばめの家族」です。

 私がよく利用する駅の構内に、今年も戻って来ました。

 今参りましたぞ夫婦乙鳥哉

       一茶『文政句帖』

 四羽の子どもを育てるには、一日に多くの餌を獲ってこなければなりません。

 その巣が、突然、何者かに襲われて四羽ともいなくなりました。原因は分かりません。しかし1週間後、再び巣篭りをしていました。

 今度は、しっかりと夫婦で外敵を監視しているようです。何事もなく元気に育って欲しいと思います。

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 次は黒須田川を元気に飛び回る、夫婦和合を教えたと言われるハクセキレイの家族」です。

 川面から元気で大きな鳴き声が聞こえます。鳥の縄張り争いか?それとも天敵に襲われたのか?・・

 ハクセキレイの親子でした。子どもは鳴きながら採餌しないで、親の後を追っかけています。

 やっと餌をもらいましたが・・

 餌の量が少なかったのか、もっと欲しがっています。更に鳴きながら追いかけ続けます。

 鰯めせめせとや泣子負ひながら

        一茶『八番日記』

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 次は大家族のカルガモの家族」です。今年も8羽の子どもたち。元気に自由に動いて餌を獲っています。

 水上での動きはとても速く、潜ったりも出来ます。

 親は子供たちの動きをよく見ています。特に単独行動をするやんちゃな子には、傍によって離れません。

 自然にきちんと並びます。この順番は、誰が決めているのだろう?

 餌を漁っていたアオサギが急に飛び立つと、襲って来たのではないかと、激しい鳴き声で威嚇して子どもを守ります。

 逃鳥や子をふり返りふり返り

         一茶『自筆本』

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 「柿生の里」の林ケ池に棲んでいるカイツブリの家族」です。

 3月中ごろに、一人で餌を獲っているのを見つけました。

 カイツブリの「キュルルルル」とけたたましく鳴くのは、友を呼ぶ声だろうか。

 2週間後には、もう恋人が出来ていました。

 そして夫婦で巣作りが始まります。

 鳰の巣の一本草をたのみ哉

       一茶『七番日記』

 無事に結婚式も終わりました。

 2週間後に訪れた時には・・

 雛が生まれた気配はありません。もしや襲われたのかも?

 心配しましたが、カイツブリ夫婦は元気で採餌していました。

 カイツブリは、年数回は抱卵するので、新たに巣を作り始めていました。

 抱卵は雌雄交代でします。雛の誕生を待ちたいと思います。

 この仲の良い夫婦を池の柵の手すりから眺めているのは・・

 ハートの模様を背負った「エサキモンキツノカメムシ(江崎黄紋黄角亀虫」です。

 4つの鳥の家族は棲む場所と環境や採食習性など違いますが、外敵から守り巣立ちを助ける親鳥の母性愛や家族愛は人間と少しも変わらないと思います。

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 新たに・・カワセミの家族」が増えました。

 カワセミ夫婦、親子かな?遠くから撮影したので判別は出来ません。

 雄であれば・・今年誕生したのかも。

 何かを教えてもらっているようにも見えます。

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 小林一茶は、3歳で母と死別し母の愛を十分知らず育ちました。継母とは平穏な家庭生活は望めませんでした。次の句には、一茶の家族、そして家庭への想い、憧れが強く表現されています。

 親と子と三人づれや帰るかり

           『八番日記』

 三人が枕にしたる青田哉

           『七番日記』

 蝶見よや親子三人寝てくらす

           『八番日記』

  50歳の頃には、訪れた上総(千葉県)の海を眺めて、母への想いを詠んでいます。

 亡き母や海見る度に見る度に

           『七番日記』

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カワセミ春夏秋冬(9)

美しきものは、常久に、

可惜身なりや、翡翠

かいまみ許さぬ花のすがた、

照斑あをき冠毛や、

瑠璃色背にながれて、

さながら水曲の水脈にまがひ、

はた長嘴の爪紅は、

零露を綴るにふさひたりな。

 『薄田泣菫詩集』新潮社文庫より

 薄田泣菫(1877-1945)は、明治後期の浪漫派詩人で、古語や雅語を駆使し象徴的な詩風の新体詩を作った詩人です。

 この詩は、1905年に発表した『二十五絃』の中の「翡翠の賦」の一部です。薄田泣菫は、これまでになかった詩形や表現を見つけようと古語を用いて表現しています。

 この古語の使用について、薄田泣菫「私の古語癖が読者をくるしめたように承っています・・なるべくなら平易な、耳近い言葉で詩を作りたいと思っていましたが・・」と「詩集の後に」(明治文学全第第58巻)という文章の中で書いています。

 古語による表現は、音の流れや言葉のリズムなど、美しいと感じるのですが、私は基本文法などの基礎的な能力がないので、誤読していることが多いように思います。

 この本は、昭和17年に発表した『人と鳥蟲』(桜井書店・昭和18年4月刊)です。詩集ではなく随筆集です。

 薄田泣菫は動植物の本を、よく買って読んでいたそうです。「雑誌『野鳥』や、中西悟堂の本は、いつも手元に置いていた」と、薄田桂さん(長男)が「父・泣菫のこと」の中で語っています。

 『人と鳥蟲』は40篇の随筆で構成され、その中に「川蝉」という題があります。

翡翠の賦」とは異なり、内面まで洞察する鋭い観察力で生態や習性を捉えています。

「・・瑠璃色の上着に焦茶の胸あて、それに木鋏のような大きな嘴をもった川蝉がいました。」「鋭い眼つきをしてじっと池のおもてを見つめています・・池の心いった方が・・川蝉は池の底にかくれている小魚の欲望から遊戯まで、ひと目ですっかり知りぬいていますから。」そして「川蝉は神秘思想家で、また隠者であります。」と言っています。

 川蝉の生態と習性には、人知では計ることのできない神秘な雰囲気を帯びたさまがあるのでしょう。

 人は神秘的な魅力を秘めた鳥が自由に空に羽ばたくことに憧れて来ました。その鳥たちを注意深く観察し知ることは、自然や自らを見つめるきっかけを与えてくれるように思います。

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 黒須田川の水面を、じっと眺めているカワセミ・・隠者の雰囲気が?!

 突然!静寂を打ち破る水の音が・・

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路傍の石仏

 鬱陶しい梅雨の季節が始まります。

 今、黒須田川は、卯の花か満開です。

 「卯の花」と言えば、唱歌『夏が来ぬ』を思い出します。「卯の花」は、初夏のシンボルとして詩歌にも詠まれ、親しまれて来た花です。

 卯の花の匂う垣根に・・

 私の住んでいる周辺で、垣根に卯の花が植えられている家は、ほとんど見られません。歌の中だけの世界になってしまったようです。

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 卯の花や垣のこちらの俄道

        一茶『文政句帖』

 黒須田川の「卯の花」は、「権現橋」から「黒須田橋」「豊隆橋」にかけて、たくさん自生しています。

 卯の花は「ウツギ(空木)」の花の別称です。ウツギは耐寒、耐暑に強い花木です。幹(茎)が中空になっているのでウツギと名付けられました。

 コンクリート壁の隙間から這い出るように生えています。どんな悪い環境でも生きる力強さには驚きます。

 散歩もマスクをしているので・・花の香りが伝わりません。

 唱歌の中の「匂う」は、香りというより鮮やかで、輝くように美しく見えることを言っているのでしょう。

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 「黒須田橋」と「豊隆橋」とは、数メートルほどしか離れていません。道路も複雑な六叉路になっています。昔の黒須田村の生活道路が、そのまま残っているようです。

 この2つの橋の間に桜の古木が2本あります。その木に挟まれように一体の石仏があります。

 道端にあった石仏などは、道路改修や宅地の開発整理などで、近くのお寺か神社に移設されて、最近は見かけることは少なくなってきています。この場所には、まだ残されていたのです。

 石に刻まれているのは「青面金剛(しょうめんこんごう)」ではないだろうか。

青面金剛像」とは、伝尸(疫病や伝染病)などの病気を払い除く神様です。民間信仰のである庚申信仰の本尊として知られています。その造形は、腕が4本または6本、手には武器を持ち、脇に童子を従え、邪鬼をを踏みつけ、足元には三猿と鶏が刻まれているのが一般的です。青面金剛の種類は多種多様で、持ち物も千差万別のようです。

『野の仏』東京創元社の著者である若杉慧さんは「青面金剛像」を・・

「見る人によっては、これは一つの童画曼荼羅とも見るであろう。一つの石に、日天,月天、法輪、矛、弓矢、赤子、鶏、髑髏、鬼、猿などを刻みつけて一つの世界を構成することは、浪漫精神なくして出来ぬ芸当である」と表現しています。 

 顔は閉口の忿怒相らしく見えますが、風化が激しく「童画曼荼羅」は見ることが出来ません。

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 桜の花が咲く頃は、花びらに包まれた華やかな景色となります。

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「豊隆橋」から西の方向の坂道を数百メートルほど歩くと・・

 小さな祠にお地蔵様がありました。昔の村と村の境界線の名残りでしょうか。

 自動車が一台やっと通れる細い道を進むと、道端に石碑がありました。

 「馬頭観音」と刻まれていました。

馬頭観音」は、今でも路傍でよく見かけます。身近な馬の存在と信仰がマッチして、馬の守護神として昔から広く信仰されて来ました。

 更に細い道を大きな欅と杉の木に沿って上って行くと、お馴染みの「お地蔵さん」に出遭いました。

 顔は原型を留めていませんが、コンクリートで丁寧に修復されています。

 痛々しい感じがしますが、なぜか懐かしい故郷を思い出させてくれます。

 自動車道路から一歩入った生活道に、人々と深い関わりがあった地域の守り神や道しるべなどの石仏が、この地区には残っています。

 昔、石仏は生きる人々の素朴な願いと心のよりどころであったのでしょう。今も人々の生活を見守り、静かに佇んでいる姿には心が癒されます。

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 雀の子地蔵の袖にかくれけり

         一茶『七番日記』

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 7年ほど前に制作した「古伊賀の花生」の写しです。

 高さ:21.5cm 

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苔清水

 黒須田川の水の源流は、多摩丘陵からの湧き出る清水です。この水によって多くの生き物たちが棲息しています。堰は水の流れの緩急をつくり、小魚の棲家ともなっています。

 青々とした苔も育っています。 

 石の苔千代の様を咲にけり

      一茶『七番日記』

 狭い石の間を流れ、そしてぶつかっては、白波を起こす。

 その波音は、散歩者を癒してくれます。

 この苔は「ホソウリゴケ」だろう。

 苔は一年中見られますが、5月から梅雨の頃が、一番緑色が美しく輝いて見えます。

 川面に迫り出すように咲くのは「ブタナ」です。

 「ブタナ」は、ヨーロッパ原産の外来種です。フランスでは「ブタが食べるサラダ」と呼ばれることから、日本では「ブタナ」と名づけられました。もう少し可愛らしい名をつけて欲しいですね。

 同じブタの名がついた「ブタの饅頭」という花があります。よく知られている「シクラメン」です。

 「ブタナ」は「タンポポ」によく似ているので「タンポポモドキ」とも言われます。

 ブタナは群生しますが、単独でも場所を選ばず咲きます。特徴のある花ではありませんが、真っすぐに伸びた長い花茎は、私は好きです。

 時には、この長い花茎が歩道を遮るように伸びて咲きます。

 植物は動けないので、咲く位置によって日光を求めて競り出してきます。

 日光の当たらない木陰や大きな木の傍など悪い環境では、生きるために長い花茎を曲げて適応します。この花茎の一つ一つの曲がり方で生育環境の状況がよく分かります。

 一度垂れた頭花を持ち上げていく、その力強い生命力には驚きます。

 曲がり方は同じ場所でも微妙に違い、それぞれが美しい曲がり方をしています。遺伝子で決められていますが・・個性?があっていいですね。

 また複雑に絡み合っている花茎も多く見られます。花を咲かせないまま倒れています。可憐に見える花たち同士が、日々、日光を求めてせめぎあいを繰り返しているのです。

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 この日は鳥の囀りよりも、せせらぎの音の方が大きく聞こえていましたが・・

 突然、頭上で「キィキィ」と鳴きながら激しく行ったり来たりする鳥がいます。ヒヨドリより小さいようです。尾を振りながら波のように飛ぶセキレイでもなく、電柱の高さのところを弾丸が飛んで行くように見えました。

 飛んで行く方向を追っかけ、やっと電線に止まったのを見つけました。傍にはヒヨドリがいました。

 「カワセミ」でした。こんなに逃げ回るカワセミを見たのは初めてです。これまでは川面を低く飛んで木の陰に隠れるのをよく見かけました。

 止まった姿は親を探しているように見えます。

 この時期はカワセミの繁殖期でもあり、カワセミ夫婦を見かけていませんでした。このカワセミは、今年、生れた幼鳥だろうか。

 まだ数羽のカラスが川の上空を舞っています。無事に親元に帰れただろうか。

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 カワセミには清流。その清流を求めて黒須田川に飛来するカワセミです。

  青苔や膝の上まで春の虹

      一茶『七番日記』

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