今年、最後の本焼きとなりました。
年5~6回は行っていたのですが、この2~3年は回数が減って来ました。
しかし本焼きの日は「緊張感」と「楽しみ」と「夢」が、ごっちゃ混ぜになっています。
この窯とは、1999年から使用しており、本焼きは79回目となりました。
私のごちゃ混ぜの気持ちを理解してくれる良き友でもあります。
静まり返った早朝、冷え切った窯の電磁スイッチを入れ、点火されるまでの不安と緊張感は、何かを追い求める狩人の気分です。
窯は灯油窯、電子制御ではないので、油量と風量を手動でコントロールしています。手動は面倒ですが、焼成感が得られるので好きです。
窯の扉を閉めると後は、5cm足らずの「色見穴」と温度計が頼りです。
この穴から中の状態を見るので、重要な「穴(孔)」となります。 「覗穴」「艶見穴」「火穴」とも言われます。
昔は、この穴から炎の色を見て勘と経験で温度を判定していましたが、今は温度計とゼーゲルコーンの状態で温度の確認が出きます。
「絶え間なく色見穴をのぞく私の眼は血走っているにちがいない。しかしその苦心の中に、また何とも言えない楽しみもある。」
内島北朗(昭和期の俳人、陶芸家)の随筆『壺中随筆』~窯焚く日~より
内島北朗は、同じ随筆の「色見穴」の中で、夢中になり、穴から溢れる炎で睫毛を焼いたことを書いていますが、私も「色見穴」を間断なくのぞき込み眼鏡を痛めたことがあります。
800℃を超えると窯内が明るくなります。1000℃を超えるとオレンジ色となり、色見穴を通して、窯の中との対話になります。
ゼーゲルコーン(SK-8=1250℃)と(SK-7=1230℃)の2本立てました。
1230℃近くなって来たようで(SK-7)が傾斜し始めました。
還元焼成の時は、色見穴から出る炎の長さで判断します。約5cmほどの強還元としました。
最終的な判断は、ゼーゲルコーンの溶倒と温度計の温度で決めています。
今回、79回の中の焼成で一番順調に温度(1250℃)が上昇してくれました。
作品の詰め具合がよかったのでしょうか。約15時間半の焼成となりました
*
窯の火を止めて・・美しい夢を抱きながら・・明日を待ちます。
この時がたまらなく嬉しさがありますが、またそこには悲哀と悪夢も潜んでいます。
いざ窯から出すと、思っていたような作品にはなっていません。
焼成前に抱いた「夢」は、なかなか実現してくれません。
反省するばかりですが、それが次回の制作への奮起に繋がっていく気がします。
私は趣味の陶芸ですが、本焼きをするたびに 内島北朗の言う「獏」が浮かんできます。
「私は陶工は獏(ばく)のようなものだ。夢を食って生きているのだといっている。その作るところの作品が、人々の生活の中に無言で働きかけ、育てられ愛せられて行くことはありがたいことだ。」 『春風秋雨』層雲社・昭和46年1月刊
*
一茶は、破れ障子の穴から・・
うつくしや障子の穴の天の川 『七番日記』
*
私は、3月の「登り窯まつり」で焼成した作品の目土を取る時に穴を開けてしまいました。
*
*