沼辺の晩秋

 千葉県我孫子市で開催されている「ジャンバードフェスティバル2022」に行って来ました。このフェスティバルは、2001年から毎年11月に我孫子市手賀沼周辺で「人と鳥の共存」を主なテーマにして開催されています。鳥好きだけでなく、誰しもが楽しめるイベントのようです。一昨年と昨年はオンライン開催でしたが、今年は3年ぶりの会場開催で、私は初めて参加しました。

 メインの会場となる手賀沼湖には、多くのテントが立ち並び、光学機器の展示、鳥の関連グッズなどの販売、そして野鳥保護団体の活動の様子が展示されていました。

 沼では、市の鳥オオバンが迎えてくれました。手賀沼では四季を通して100種以上の野鳥たちに出会える野鳥の宝庫と言われているそうです。

 湖岸には愛鳥家の双眼鏡と望遠レンズが並びます。

 水鳥の種類や個体数は、かってに比べると減少しているそうです。

 ユリカモメは、早くも飛来しています。

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 手賀沼は、約1万年前に形成された海跡湖で、周辺は台地に囲まれています。もともとは、平仮名の「つ」の字をした大きな沼でしたが、干拓事業などによって縮小され、北(手賀沼)と南(下手賀沼)に分離された形になりました。この2つの沼は手賀川で繋がっています。

 かって自然環境に恵まれた手賀沼は、風光明媚で「北の鎌倉」と呼ばれ、大正から昭和初期にかけて白樺派文人たちが、沼のほとりに住んでいました。また沼を訪れる文人たちも多くいました。

 大正14年8月22日、若山牧水夫妻は愛弟子の墓参の後に、この手賀沼で舟遊びをしています。その時に詠んだ歌です。

 はるけくてえわかざりけり沼の上や

 近づき来る鷺にしありけり

 この歌碑は手賀川に架かる「関枠橋」のたもとにあります。

 歌集『黒松』では「手賀沼に遊びて」と前書きして、次の歌を詠んでいます。

 ばんの鳥かいつぶりの鳥の啼聲の

 をりをり聞ゆ舟とめてをれば

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 時代とともに自然環境も変わり、鳥たちを取り巻く環境も変化していきます。当時の美しく豊かな手賀沼の自然の姿を辿るために、私の本箱にある次の本を改めて読みました。

 『手賀沼文人秋谷半七著/崙書房/1978年8月刊

 『湖畔吟』杉村楚人冠著/我孫子教育委員会/2019年1月刊

 『続湖畔吟』杉村楚人冠著/我孫子教育委員会/2019年8月刊

 『楚人冠と鳥』我孫子教育委員会/2010年月刊

 『沼のほとり』中勘助著/岩波書店/1925年7月刊

 大正9年から12年まで住んでいた中勘助が書いた日記体随想『沼のほとり』が、かっての手賀沼の豊かな自然や野鳥の生態、そして住民の生活風景などを詳しく描かれているように思います。その一つに「沼べ」という詩(日記の日付は10月24日)があります。

 雨あがりの 納屋のかげに

 ぶらりとさがる 支那

 柑子みかん 茶の花

 ねぎ畑 藍のはた

 藍の花 くれなゐにさき

 そのそばに 黄菊さく

 なきのこる 蟲をききつつ

 あひるの行水を みてゐれば

 渡し舟に のりおくれて

 おうおうと 岸によぶ人

 雨ぐもは ひくくかかり

 沼のない つめたくよる

 ひとりたち しづかにおもふ

 うれしくもわは ここに來しかな

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 「バード・フェスティバル」に因んで、中勘助の『飛鳥-ナカ詩抄ー1942年3月刊/筑摩書房から、大正~昭和初期の頃の手賀沼の野鳥の情景を眺めてみたいと思います。

 春なれど赤はらつぐみきて鳴けば

 葛飾野べはいとどさびしき

                    『飛鳥』より

 もずなきて小田の鳴子にあかあかと

 秋のいり日のさす沼べかな

            『飛鳥』より

 かつしかのあびこの岡のぽつぽつどり

 ぽつぽつと鳴けばわれはさびしも

              『飛鳥』より

 荒れはてし沼田の秋の夕ぐれに

 さびしきものかはらはら雀

             『飛鳥』より

 かつしかや手賀のおほぬに雪ふりて

 鳰のなくきけば君ぞ戀しき

              『飛鳥』より

 もろこしの畑をかなしみわが立てば

 夕月さして鴨むれわたる

               『飛鳥』より

 雲ひくき 沼のへを

 なきわたる 椋鳥のむれ

 西風ふきて 葦かれぬ

 うらさびし

 雨にさまよふ 畑野の路

 『沼のほとり』より(日記の日付は10月26日)

 豆をうち稲を刈りほし栗をとり

 手賀の沼べは秋ふけにけり

             『飛鳥』より

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 我孫子は、都心から30kmの圏内にあり、ベットタウンとして自然豊かな住宅都市です。手賀沼の周辺を散策すると、まだ田畑などの緑地も多く残されており、人々の潤いと憩いの場所となっています。また野鳥たちにも大切な棲息地ともなっています。 この自然環境を守るために我孫子市民や手賀沼周辺の住民たちの保全努力によって良い環境が守られているのは、愛鳥家にとっては嬉しいことです。

 夕陽の中にスカイツリーがくっきりと見えました。

 手賀沼の新しい景色が生れています。

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