海外の本で複数の翻訳がある場合は、複数の翻訳を読みたいと思っています。私の本箱にも、複数の翻訳者による本がありますが、今回は児童書です。
その本は、アンデルセン著の『絵のない絵本』です。
アンデルセンの童話と言えば、「マッチ売りの少女」「みにくいアヒルの子」「人魚姫」などが、すぐに思い出されますが、この『絵のない絵本』は、あまり知られていませんが、1934年に翻訳されてから多くの著名な人が翻訳をされています。しかし現在、年代の古い本は入手するのは難しくなりました。
私は新しい出版ですが2冊あります。1冊は新潮文庫(昭和27年8月刊)矢崎源九郎さんの翻訳です。平成20年8月7刷の本は、カバー表紙が黄色以外は、題名通り文字だけで全く絵はありません。
もう一冊は、童心社刊(2016年11月82刷)。山室静さんの翻訳です。この本には、書名だけが赤字で銀色の地にいわさきちひろさんの絵が描かれています。
「絵のない絵本」という題名は、アンデルセンの詩の心に共感する人にとっては、アンデルセンが描く絵が見えてくるのだろうと思います。
ちひろが最も愛したのがアンデルセンの童話だったようで、墨のようなモノトーンで情感豊かに描かれたちひろの挿絵は、アンデルセンの物語と融合されて想像の世界が膨らむように思いました。
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この『絵のない絵本』は、屋根裏部屋で暮らす貧しい画家に、月が訪れて話をします。その話を画家が書き留めた三十三夜にわたる短い物語です。
この物語は、アンデルセンが旅行で訪れた国々で見たこと、知ったことなどが話となっています。その内容は、身近な日常生活から喜劇や悲劇、恋愛そして芸術にまで及びます。
児童書は教訓や箴言めいた話になりがちですが、この本は、月が話者になっているので人間味のある詩的な世界となっています。また月の語る言葉のニュアンスが翻訳者で異なり、それも読んでいて楽しいものです。
私は「第七夜」が好きです。
海辺に沿ってブナとカシの木が茂る美しい森。その中を国道が走り、石の積まれた塚(古墳)があります。この場所を通る人たちが、この風景をどう見るのだろうか。と月が語ります。
農夫は木を切って売ると・・馬車に乗っている人は木のせいで道が悪くなった。景色を見ず眠っている人、塚の石については無頓着。木々は雪が降ったときの道路標識になると御者。絵描きは素晴らしい色彩に描き上げる・・それぞれが思い思いに景色を捉えて通り過ぎて行きます。最後に通った貧しい少女は塚の傍で休みます。そしてこの景色に手を合わせ「主の祈り」を唱えます。しかし自分の心の中に流れている気持ちが分かりませんでした。
ここにあるのは自然の中の詩です。いつまでも心の中に残る風景です。
月は知っていました。この貧しい少女は、この瞬間とまわりの自然を繰り返し繰り返し思い出し、人生の終わりまで続く風景となっていくだろうと。
この自然の中から産まれる祈り・・私は「亡き母や海見る度に見る度に」という一茶の句を思い出していました。
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絵本、童話や児童書は子供が読むものと言われますが、児童書には、その時代を反映したものもあり、大人も充分に楽しめる本がたくさんあります。優れた児童文学で新しい感動を発見するのも良いものです。
近頃は大人に絵本や児童書を贈るのが増えているそうです。
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私は50年ほど前にデンマーク・コペンハーゲンを訪れた時、アンデルセンの人魚姫の銅像を見ました。昨年3月15日、船橋市の「ふなばしアンデルセン公園」に、そのレプリカ版が設置されたことを知りました。機会があれば訪れたいと思います。
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この白磁の一輪挿し、これからどんな物語が生まれるのだろうか。
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