今年は「ムクドリ」の飛来が多いように思います。私の家の居間からも餌を獲る様子が見えます。特に鳴き声が五月蠅いことはありません。
近くの公園でもムクドリの飛び交う様子が見られます。
黒須田川では、この暑さを凌ぐためか、水浴びをする数が増えています。
むくどりの仲間に入るや夕時雨
一茶『八番日記』
木々の枝には幼鳥が集まっています。ここでは親を呼ぶのか、鳴き声が五月蠅く感じます。
江戸時代では、農閑期に江戸に出て働く出稼ぎ人のことを「ムクドリ」と呼んであざけったと言われます。信州から出て来ていた一茶も、そう呼ばれていました。
椋鳥と人に呼ばるる寒さかな
一茶『八番日記』
ムクドリの名は「群木鳥・群来鳥」から転じたという説、椋の木の実を好むからという説など諸説あります。「白頭翁」という粋な名前もあるようです。もともと農作物に害を及ぼす虫を食べる益鳥でしたが、今は狩猟鳥になっています。
近年、ムクドリは都会での騒音や糞の被害などで嫌われ者の鳥として扱われています。
そのムクドリの囀りから、モーツァルトは「ピアノコンチェルト第17番ト長調」を作ったという逸話があります。『モーツァルトのムクドリ~天才を支えたさえずり~』ライアンダ・リン・ハウプト著・2018年9月・青土社刊にという本に、そのことが書かれています。
著者は鳥好きのネイチャーライターで、著者がムクドリを飼い、そのムクドリの愛らしさ優秀さの生活記録を交えながら紹介し、併せてモーツァルトが飼っていたムクドリの話が語られています。そのムクドリは、父の死の1週間後に死んでいます。モーツァルトはよほど悲しかったのでしょう。詩を書いています。その一部を引用すると・・
ここに眠るいとしの道化、
一羽のむくどり。
いまだ盛りの歳ながら
味わうは
死のつらい苦しみ。
その死を思うと
この胸はいたむ。
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日本では野鳥を飼うことはできません。またモーツァルトが飼っていたのは「ホシムクドリ」という種類で、日本では一部の地域でしか見られないそうです。
この本より12年前の2010年に、この逸話が、絵本になっていました。その絵本は『モーツァルトとビムスさんのコンチェルト』2010年3月・バベルプラス刊です。お話と絵の両方を手掛けたのは、ステファン・コンスタンザです。
モーツァルトは演奏会が近づいたのに作曲のアイデァが浮かばない。その時飼っていたムクドリの囀りでメロディが浮かんできたという。窓から飛び出したムクドリ、追いかけながらモーツァルトは、作曲のヒントをいろいろ掴みます。何かをひらめくきっかけは、どこにでもあるよということらしい・・「ビムスさん」とは、ムクドリの名前です。
椋鳥が唄ふて走る小春かな
一茶『七番日記』
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「ムクドリ」は、子供たちには馴染がない鳥なのかも知れません。童話や絵本の世界にあまり登場していません。しかし1921年(大正10年)に『椋鳥の夢』という童話が発表されています。作者は『泣いた赤鬼』で知られる童話作家・浜田廣介さん(1893-1973)です。浜田の作品は「ひろすけ童話」と呼ばれ、思いやりと優しさ、いたわりや慈しみを、平易な語り口とリズミカルな文章で書かれて親しまれています。
『むくどりのゆめ』の内容は、大きな木の穴に棲むムクドリ父子、毎日、母の帰りをまつ児。冬の夜カサコソ・カサコソ・・枯葉の鳴る音でした。夢に白い鳥が出てきますが、優しい眼を向けて、どこかに消えていきます。帰らない母を待つ児の心情を描いています。大正時代末に書かれたお話ですが、今の社会にも通ずるものがあるように思います。
この童話を1978年(昭和45年)彫刻家で画家の朝倉摂さんが絵本にしています。
『むくどりのゆめ』
キャンバスと思われる質感のある素地に、ムクドリを濃い茶色の線書きで、リアルな鳥が描かれています。絵は19枚で構成され、その絵の半分は自然風景です。この自然風景を描くことで、ムクドリの児の思いが強く伝わって来ました。
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その後、いろいろな絵本作家が、この童話を絵本にして来ました。その中でも絵本に新しい風を吹き込んだと言われる「いもとようこ」さんの『むくどりのゆめ』2005年9月・金の星社刊が、私は好きです。和紙をちぎった貼り絵に着色をした絵は、鳥の毛の感触や温もり、そして柔らかさが伝わって来ます。
「リアルな絵」と「柔らかい絵」。その作風の違う絵本を読んで「こうすけ童話」の持つ、優しい愛と淋しさの世界に触れることができました。浜田廣介の作品は、子供だけではなく大人の心にも訴える童話が多く残されています。
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2年前に『ぼくはむくどりヘンリー』ぷねうま舎・2020年6月刊という絵本が出版されています。イギリスの絵本作家・ディーコンとシュワルツとのコラボ作品です。
身近にいて嫌われ者の扱いされている「ムクドリ」が、絵本の世界で親しみ愛されつつあります。子供たちに可愛いがられる鳥になってくれるだろうか。
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