10月21日は「あかりの日」です。
この日を知っている人は、少ないのではないでしょうか。
この日は、1879年10月21日、エジソンが白熱電球を完成したことにちなみ、照明(あかり)のもつ意義を改めて認識してもらうために、昭和56年(1981年)に定められました。
現代は24時間社会と言われています。24時間生活できるのは「あかり」があるからです。ともすれば、この「あかり」の有難さを忘れがちです。「あかり」が、私たちの生活環境を豊かにしてくれていることに感謝したい思います。
その「あかりの日」について「小学生ポスターコンテスト」が行われ、その作品展が「東京スカイツリー(5階フロア)」で開かれています。今年で20回目となり約2000点のお応募があったそうで、その中の優秀な作品41点が展示されています。
スマホを懐中電灯の代わりに使う世代。「あかり」について、どんなイメージを持っているのだろうかと少し興味がありました。
作品は、あかりへの夢と願いが色彩豊かに描かれていました。身近にある蝋燭、提灯や街路灯などの素材をうまく使いながら、地球全体に広がる「あかりの世界」が丁寧に表現されていました。
豊かな色(夢と希望)をいっぱいに含んだ電球、その豊かな光(あかり)が世界中に広がって、隅々まで照らして欲しいと思います。
私も長い間、放送局で照明(光)を扱った仕事をして来ました。テレビ映像は光の芸術でもあります。光は当てて明るく、美しくするだけでなく、光と影によって心理・感情表現したり、曲想にあった雰囲気や情景表現をする表現手段でもあります。
その電球(あかり)に感謝を込めて、34年前(1986年)に「あかりの日」に電球供養を行いました。
当時、使用していた電球は、10kwから数wの小さな電球まで約30種類ほどありました。ほとんどが白熱電球でしたが、今は、放電灯、蛍光灯、そしてLEDに変わって来ています。
エジソンが誕生したのは1847年、日本では江戸時代末期にあたります。
この電球は 市販されているエジソン電球(旭光電機工業)の復刻版です。
このフィラメントはカーボンですが、エジソンは、フィラメントに日本の京都の竹を使用して、長時間点灯したことはよく知られています。
今は、明るく照らすというよりも、インテリア用として使われているようです。
白熱電球の光には、暖かみがあり、落ち着いた雰囲気を醸し出し気持ちを癒してくれます。
もう時代劇でしか見られなくなった「行灯」・・
少し歴史を戻して、江戸時代の照明(あかり)と言えば「灯篭」「行燈」「提灯」です。この明かりで生活していた小林一茶は「行灯」について10句ほど詠んでいます。一茶の生活感が滲み出ているように思います。
しんしんとしんそこ寒し小行灯
『文政句帖』
涼しさや糊のかはかぬ小行灯
『八番日記』
次の間に行燈とられしこたつ哉
『享和句帖』
この陶行灯は、インテリア用に作りました。内部にアンバー系の色フィルターを挿入していますが、交換すれば違った雰囲気を楽しめます。
楽しみにしていた「神田古本まつり」。
今年はコロナ禍のためは中止になりました。夕方になると裸電球が灯されます。
灯火親しむ秋!
この雰囲気の中で、古書を探すのも楽しみの一つです。
私の小さい時の「あかり(灯)」の思い出は・・この句です。
夕露やいつもの所に灯の見ゆる
一茶『発句題叢』
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