昨今、新聞やネットで「昆虫食」が話題となっています。自販機でも販売され全国に広がっているそうです。

 昆虫食と言えば、直ぐに「イナゴ」の佃煮が浮かんで来ます。田舎育ちの私も小さい時は、田圃の稲穂が実り、刈り始める頃には、よく「イナゴ獲り」をした記憶があります。イナゴは害虫ですが、タンパク質としても食用されていました。食用とされているのは「コガネイナゴ」で、美味しさと大きさが決め手のようです。

 「イナゴと「バッタ」は、見た目では、よく似ている種もあるので間違うことがあります。夏目漱石の「坊ちゃん」の中で、学校の宿直部屋で泊まったら、布団の中にバッタを入れられる悪戯に遭います。悪戯した生徒にバッタを見せて叱ると「そりゃ、イナゴぞな、もし」と遣り込められると「イナゴもバッタも同じもんだ」と遣り込めるというシーンは、よく知られています。私も小さい時は「トノサマバッタ」と「ツチイナゴ」はちょっと見ただけでは分かり難いので「イナゴ」と呼んでいたように思います。

 「イナゴ」と「バッタ」は、直翅目バッタ科の昆虫で根本的な違いはありません。しかし「イナゴ科でバッタ」という名前が付いていたり「バッタ科でイナゴ」という名が付いていたりと迷ってしまいます。見分けるのは「喉の突起」で分かります。イナゴにはありますが「バッタ」にはありません。

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 最近、都会の公園の芝生や道端などで棲息するイナゴやバッタを見つけたり、捕まえたりする機会が少なくなっています。

 私が散歩する黒須田川は、近くに里山が残っているのでイナゴやバッタを見かけます。しかし直ぐには見つけるのは難しいです。また見つけても直ぐに逃げられてしまいます。次の写真は、黒須田川の遊歩道で見つけて撮らえた「イナゴ」と「バッタ」です。

 枯れ枯れの野辺に恋する螽かな

         一茶『七番日記』

 行当りばったとともに草まくら

         一茶『発句鈔追加』

 みぞ川をおぶさってとぶいなご哉

            一茶『七番日記』

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 私の住んでいる家から歩いて30分ほどの所に、作家・佐藤春夫の住居跡(現在の横浜市青葉区鉄町)があります。ここで大正5年から9年まで過ごして小説『田園の憂鬱』の腹案ができたと言われています。そして、この地に「佐藤春夫 田園の憂鬱由縁の地」という文学碑が建てられていましたが、今は碑が無くなってしまいました。

 この小説『田園の憂鬱』の中に「イナゴ」についての話が出てきます。

 田圃に蝗が増え始め、主人は飼っている二匹の犬に食べさせてやりたいと思い、蝗を獲ろうとしますが上手く獲れません。犬はその主人の様子を見て「自分たちなら簡単に捕らえることが出来るのに」と・・じっと主人の獲ってくれるのを待ちます。主人は眺める犬の無智な信頼と豊かな表情に報いられなくて葛藤する様子が描かれています。

 そして大正9年に帰郷して台湾旅行に出かけます。そこで体験した本当の話として童話『蝗の大旅行』佐藤春夫著・大正15年9月発行・改造社を書いています。

 旅行中に、汽車に紛れ込んできた蝗を見て、心の中で蝗に呼びかけ空想を展開します。ここでは童心に帰り、蝗に対する愛着が強く感じられます。そして下車する時に「・・途中でいたずらっ子につかまって、その美しい脚をもがれないように」と優しい言葉を掛けます。文体は観察的で写実的ですが、抒情的でもあり郷愁を誘い出してくれるファンタジーな童話です。小さな蝗の大旅行を通して子供たちに冒険の旅をして欲しいという優しい眼差しが感じられます。

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 この数日の秋の冷たい雨で、黒須田川の水嵩も増えたり減ったりと、虫たちも行き場に戸惑っています。

 大水に命冥加のいなご哉

        一茶『文政句帖』

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