東京虎の門のビルに囲まれた高台にある「菊池寛美記念・智美術館」で開催されている『野蛮と洗練~加守田章二~』展に行って来ました。
平日でしたが混み合っており、加守田章二の「彩陶」の作品には人気があるのでしょう。
加守田章二の展覧会は、2005年・東京ステーションギャラリーで『加守田章二~20世紀陶芸界の鬼才~』展を観ており、今回は2回目で「野蛮と洗練」とインパクトのあるテーマの展覧会です。
私の好きな作品は、1957以降の益子・遠野時代の作品 、特に1968年頃の炻碗、盃、皿などが見たかったのですが、小品の展示はありませんでした。
加守田章二は「陶器の形態を、造形、文様、質感の関係を追求し、独自の表現をした」と言われています。
加守田章二は、灰釉、炻器、酸化文、銀陶、曲線彫文、彩陶と作風を変遷してきましたが、私は、初期の作品の造形が好きです。
土のいのちを引出す躍動感あるフォルムは、ほとんどが手捻りで作られており、自然が生んだ造形物のように思われます。
その造形は、大地の中から<形>を引き出す、手の感触の鋭さから生まれてくるのでしょう。
今回の展示で、野趣に富んだ「酸化文花瓶(1967年)」は、その制作技法が紹介されています。違った土をうまく混ざり合わされて、深みのある土味が醸し出されており、土は創られるものだと感じました。
重厚感の中に柔らかいフォルム、炻器のもつ怜悧の中にも土の温もりを感じさせてくれます。
現在、遠野では、この土が採取されるのだろうか。
『・・陶器を愛する人は、先づ其の土味を見る。土はどこまでも人間の気持を引つける。人間は土によって、本当に慰められる。人間のふるさとである。土は大地の魂をもっている。・・ 』
この文章は、私の好きな陶芸家で俳人の内島北琅(1893-1978)氏の随筆『古陶の味』(富書店・昭和22年9月刊)の中の「土を創る」から引用しました。
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工房の近くで採取した土を水簸せずに、そのまま焼成しました。
黄色味は、釉とは違う土の表情が出ています。
炻盃
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