婚姻色

 関東地方は、観測史上最も早い梅雨明けとなり、猛暑日が続いています。

 散歩もいつもより時間を早め、日陰を求めて歩くようになりました。

 手に足におきどこなき暑哉

         一茶『文政句帖』

 遊歩道の美しい紫陽花も、日焼けをして痛々しいです。でも向日葵は元気です。

 黒須田川の水温は、25℃を超えたのだろうか。いつもより水量も減り、川面から吹き上げる風には爽やかさが感じられません。

 嬉しいことに今年は、カルガモの3家族に子供が誕生しました。

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 6月は「ジューンブライト」といわれるハッピーな季節でもあります。女性は美しく着飾り祝福を浴びます。今は男性も着飾るのかな・・

 この時期に美しい色となる魚がいます。その魚は、黒須田川にもたくさん棲息している「オイカワ」です。

 「オイカワ」のオスは、5月頃から8月頃にかけての繁殖期になると、地味な銀白色から綺麗な水色とピンクの縦スジの「婚姻色」が出ます。「婚姻色」とは、動物で繁殖期に一時期に体の一部に現れる色のことです。また婚姻色と同時に顔に「追星(おいぼし)」と呼ばれる白いつぶつぶの突起が出ます。

 この「追星」は、縄張り争いの武器に使ったり、メスに産卵を促すために、お腹を刺激するのにも役立っています。

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 黒須田川の水面近くを、のんびりと寄り添うように泳ぐ魚・・よく見ると「オイカワ」です。

 魚は変温動物で1℃の水温の変化にも敏感です。オイカワは、水深10cmほどの所を泳ぎますが、水温の高い水面近くに、どうして上がって来たのだろうか。

 2匹ともに「追星」が見えますのでオスとオスでした。

 突然、一方が顔から体当たりを始めました。そして何度も何度も、追星を使って顔や体に激しくぶつかっていきます。

 メスを獲得するための縄張り争いのようです。

 互角の闘い。どちらも逃げる気配はありません。

 離れたと思うと川底へ。

 水中でも戦いが続きます。体側の婚姻色が美しく舞う様子は綺麗です。

 この時期にしか見られない水中の景色です。

 最後は輪となって回転して、また川底へ。

 背鰭が一段と色が増します。

  まだまだ水中での闘いは続いています。

 一枚の絵のように見えます。婚姻色は水中花のように。

 数分間の格闘でした。痛み分けのようです。

 水の透明度が良かったせいか、水中の闘いは舞のように美しく魅入ってしまいました。

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 早い夏の到来で地上は、灼熱の世界ですが、黒須田川の水温は、オイカワにとって適温で、涼しくハッピーな「ジューンブライト」の世界です。

 翌日、縄張り争いに勝ったオスが、メスを追いかけ廻っていました。

「俺は綺麗だろう。結婚しよう」と迫っているようです。

 水の流れの緩やかな石の隙間では、新しい夫婦が誕生していました。流れの緩い砂礫底は産卵の好適な場所で、ここで稚魚が育ちます。

 交尾中のオスの体の背鰭、腹鰭の水色が美しく輝き光を発しているように見えます。

 この繁殖期を過ぎるとオスは、また銀白色に戻ります。  

 「カワセミ」が「水辺の宝石」なら「オイカワ」は「水中の宝石」です。

 オイカワを水槽で飼育して鑑賞する方法もありますが、川の環境がよい場合は、自然の営みの中で鑑賞するのが最良です。自然の環境は、水質や水の流れ、天候や太陽光線の具合などによって婚姻色の見え方が違って来ます。また自然の中で泳いで花嫁を探すオイカワの動きも愉しむことができます。

 カワセミ、オイカワともに、水質汚染や川の改修などによる環境の変化にも強いですが、今の水質環境を守って行って欲しいと思います。

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 この美しい魚は、鳥にとっては最良の食べ物です。見ていると少し可哀そうに見えますが、生き物は、他の生き物たちの命を戴いて生きています。これは自然界の摂理なのです。

 この美しい魚を食べるサギの仲間にも「婚姻色」が出ます。

 「アオサギ」は、嘴の元と足が赤味を帯びて来て、冠羽の髪飾りが派手になります。

 「ダイサギ」は、嘴が黄色から黒くなり、目元はコバルトブルーに変わります。

 「コサギ」は、目先が薄い紅に染まり、足の指も紅色に変わります。

 「カワセミ」は、婚姻色は!?・・求愛給餌で表すとか。

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 アフリカに、こんな諺があるそうです。

 「魚と鳥は恋することが出来るが、

  一緒に家を建てることはできない」

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