いのち

  長年、自分なりに健康管理をして来たつもりでしたが、いつしか体力を過信して不摂生になり、その上に加齢も加わり、身体を傷めつけていたのでしょう。

 一か月前にも、胸が締め付けられる圧迫感がありました。15分ほどで収まり、日常生活には支障がなかったので、そのままにしていました。

 しかし、胸にこれまでにない強い締め付けと圧迫感が、そして後頭部に激しい痛みが襲いました。救急車で運ばれ、すぐにカテーテル治療が行われました。その間、特に息苦しさ、痛みもなく、意識だけが冴えているのに驚きました。

 病名は、血栓による「右冠動脈の閉塞」(心筋梗塞)でした。

 運ばれた病院が近かかったこと、そして治療が早かったために、大きな心筋細胞の壊死にはならずに済みました。それは妻を含めて早急な対応をしていただいた方々のお陰で、感謝しています。

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 ICU室で2日間とどまり、その後、一般病棟に移りました。

 ICU室にいる時は、ほとんど眠れる状況ではありませんでした。やや夢うつつの中で、過去の出来事、これから起こること、今、チューブに繋がっていることの不安と安堵感などが交差して、頭の中を駆け巡っていました。そしてICU室の壁時計の針が時間を刻むのを、ぼーと眺めている時間が多かったように思います。そんな状況の中で、ふっと浮かんだのは「人間は星屑からできている」と・・過去に読んだ本のことを思い出していました。その本は『世界で一番美しい物語』筑摩書房・1998年5月10日刊)です。

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 内容は、宇宙の誕生から人類の未来まで、1500憶年を超えて続く「進化」という壮大なドラマを、宇宙物理学、分子生物学、古生物学の権威が「宇宙」「生命」「人類」の3つに分けて易しく語っています。

 思い出せないので、その部分を抜粋すると

「星はあるときに生まれ、数百万年から数十億年生き続けたあと死んでいくのです。星はその核燃料を燃やして輝き、燃料が燃え尽きると消えていきます。」

 星が光り輝いて死んでいく・・

「宇宙空間はいわば星々の森になるのです。大きな星、小さな星、若い星、そして年老いた星は死んで分解し、土壌を豊かにして新芽の養分となります。」

 ICU室に横たわっている状況で。なぜ星の世界が浮かんで来たのか分かりません。眠りの中で 大きな「いのちの循環」という美しいドラマが展開されていたのだろうか。

 動けなかったICU室の2日間は「いのち」の故郷を求めて彷徨っていたのだろうか。

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 私は80年近く生きて来ましたが、入院したのは初めてです。知らなかったこと、知ったことがたくさんありました。その一つに「血中酸素」の測定です。この測定が体の疾患の低下の監視や体調を評価する上でも非常に重要であることを知りました。

 酸素は「いのち」にとっては本来有害で、細胞を破壊して老化を早めますが、生体にエネルギーを供給するために、なくてはならないものなのです。

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 やや体調が回復した時に、治療の画像を見せてもらいました。血栓を取り除かれると、血液が新しい血管を作るかのように勢いよく流れ始め、心臓を包み込みました。自分の身体の中で、こんな感動的なドラマが起こっていたのです。

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 コロナ禍の最中でもあり、病室への面会は中止されていました。病棟の窓の手すりに毎朝夕に訪れるのは、巣立ったばかりの子ツバメでした。病室に向かって何か・・言いたそうです。親ツバメは、低飛行で素早く餌を捕獲する。そのスピードと急旋回の動きを身近で見られ、病室生活を和ませてくれました。新しい巣もあるようで、私の方が先に退院しましたが、新しい「いのち」が飛び出していくのでしょう。

 退院後は「いのち」のリハビリに励んでいます。

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『天目~中国黒釉の美』

 中央公論美術出版・2020年6月30日刊

 この本は入院中に息子から貰いました。ベッドの上で、ゆっくりと「やきもの鑑賞」ができました。

 内容は、大阪市立東洋陶磁美術館の所蔵品が載っていました。過去に観たことのあるものもありました。

 この本の特徴は「広波長域」で撮影した写真(画像)を紹介していることです。

 「広波長域撮影」とは、紫外線より赤外線(360~1100nm)までを可視化できるカメラで撮影することで、普通は、太陽光(可視光線360~830nm)で撮影します。しかし可視光線では表現できない、より高繊細で色の再現域も広く見えます。

 国宝「油滴天目」「木の葉天目」「黒釉白斑壷」などが「広波長域」で撮影されており、色彩、質感などを、更に深めて鑑賞することが出来ます。

 新しい陶磁器の本として魅力があり、やきものを観賞する新しいスタイルとなるかもしれません。

 撮影されたのは、西川茂(写真家・デジタル写真製版者)さんで、撮影の使用機材(カメラ・レンズ・ライト)まで詳細に記載されています。

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