先日、豊島区役所で開催された「伝統工芸展」を見に行きました。
その中に宮城県伝統工芸品「堤焼」が、特別展示されていました。
「堤焼」は、今から300年前の江戸時代中期、仙台藩4代藩主・伊達綱村公の頃。奥州街道の堤町は、良質の粘土に恵まれたので、江戸今戸焼きの陶工「上村万右衛門」を技術指導に招き、地元の原料を用いて、茶器を始め、甕や鉢などの生活雑器を作らせたのが始まりと伝えられています。
最盛期には30軒ほどありましたが、現在、堤焼の伝統技法を守り続けているのは「乾馬窯」の一軒だけになりました。
堤焼の特徴は、黒釉の上に白い「海鼠釉」を流し掛けして生まれる、
その濃淡のある斑紋、流紋にあります。
(注)堤焼の釉薬は(『堤焼と陶工たち』関善内著・万葉堂・昭和49年5月刊)より
黒釉(灰汁と甘砂と籾糠)に岩釉を配合。 白釉(灰汁と甘砂と籾糠)
海鼠釉は、鳥が羽根を拡げたように掛けるのが理想だそうです。
「朝鮮唐津」とよく似た手法ですが、また違った趣があって好きです。
海鼠釉とはユニークな名前ですが、その釉色が「海鼠」に
似ているところから名づけられました。
当時、海鼠は日常生活の中で身近な食材であったのでしょうか。
調べてみると「海鼠」は、古くから食用されており、料理の種類も多く、
「古事記」には、すでに登場しており、和歌や俳句の題材として
選ばれています。( 海鼠は冬の季語 )
一茶も海鼠について数句、詠んでいます。
浮け海鼠仏法流風の世なるぞよ 一茶 (『七番日記』)
「飴釉」の上に「藁灰釉」を流し掛けをしました。
口径:14.3cm・高さ:6.0cm・高台径:4.7cm・重さ:280g